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2020.5.25掲載  社説「時々刻々」

主(あるじ)無き宇陀市長選へ 議会制民主主義を「言語道断」とは

論説委員 寺前伊平

 市長失職に伴う宇陀市長選挙の日程(6月21日告示、28日投開票)が決まった。あす26日には、立候補予定者に対する説明会が行われる。20日時点で、正式に出馬表明したのは元県まちづくり推進局長の金剛一智(かずとし)氏のみ。主(あるじ)無き市長選が、果たしてどのような形となるのか、注目される。
 市町村長とて、昔流に言えば立派な「一国の主」である。その主と車の両輪でもある議会の歯車が合わなかったとしたら、当然ながら議会から不信任決議が突きつけられる。その原因を作ったのが主にあれば、率直に反省し恥を受け入れる度量が求められる。
 戦国大名で「九州の雄」島津義久は、豊臣秀吉に敗れた後も、島津家や家臣、そして領民を守るために豊臣政権に逆らうことなく上手く振る舞った。義久は敗者になっても、後世の者から後ろ指を指されないように心掛け、憎まれ者にならないよう、一つひとつの言動に気を配ったという。今の当主・島津修久氏まで32代引き継がれている所以である。
 失職した宇陀市の前主は、2年間過ごした市庁舎を後にする際、「市長を失職させるというのは、組織の危機管理体制を揺るがす決定。大変遺憾で言語道断だ」と議会を痛烈に批判した。この場に及んでも、一切自身の責任を回避したままだ。
 奇しくも、1回目の市長不信任決議案の提案理由を説明した山本裕樹議長(当時、副議長)がその事をよく物語っている。
 「数えきれない失敗失策と判断せざるを得ない運営があったことは事実。大きな問題が起こった時、一度も本気で〝私の責任である〟と発言されたことはない。失敗を認めないこと、失敗を部下や他の者の責任にすることが、長としてやることなのか。市民にこのまま悔いの残る自治体で過ごさせるわけにはいかない」と。
 島津義久から学ぶことは、敗者となっても憎まれ口をたたかず、一つひとつの言動に責任を持つということである。宇陀市の前主には自戒し、市民に謝罪する器さえ持ち合わせていない。不信任決議を定数14のうち13人が再可決したことによる失職の事態に、「言語道断」という言葉で返した。
 現代は議会制民主主義の時代。議会解散による市議会改選は、有効投票1万6619票のうち起立再可決した当選議員13人の全得票は1万1511票。市民の思い約70%を代弁したことになる。
 宇陀市は県東部の要となる市。これ以上、市政の停滞を許してはならない。市民に納得のいく市長選挙を望むところだ。
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