奈良県内の政治経済情報を深掘

2020.3.23掲載  社説「時々刻々」

県産木材の活用と流通に伸び代 フォレスター養成と出所者支援で

論説委員 寺前 伊平

 新型コロナウイルスの感染拡大が危機意識をあおり、今年夏に開催される東京オリンピック・パラリンピック延期説に火がつきかけている。そんな胸騒ぎを横目に建設・整備が進む、五輪メインスタジアムとなる国立競技場の木の話についてふれてみたい。
 コンセプトは「杜(もり)のスタジアム」。国産材をふんだんに使った木の温もりが感じられる空間に仕上げられている。軒庇(のきひさし)には、奈良県産材を含め全国47都道府県から集められた木材が活用されている。木の文化を世界各国の選手、サポーターにふれてもらう絶好の機会である。
 奈良県においても、4月1日にオープンする県コンベンションセンター内のメインホールなどには、計300立方㍍以上の吉野スギが使用されている。とくに内装には、吉野スギのベンチや装飾品、吉野和紙がふんだんに使われ、外国からのゲストの目にすぐ飛び込むに違いない。
 もちろんうれしいことなのだが、手放しでは喜べない事情がある。長引く林業不況で国内産木材が低迷し、逆に安価な外国産の木材が幅を利かせるようになって久しいからだ。スギは昭和55(1980)年、ヒノキは平成2(1990)年をピークに木材価格の下降が続いている。
 県は現状を打破するために、スイスに学び新たな森林環境管理制度を導入する。重要な任務にあたる人材の養成のため、「フォレスト・アカデミー」を令和3(2021)年、現吉野高校内に開校。高度な技術を習得した2年制の「フォレスター」は県職員として正式に採用される。
 また、県はこれとは別に満期出所者の就業支援として、林業事業体への有給インターンシップ(職業体験)、木質バイオマス発電への木材供給の担い手として送り出し、社会復帰して住宅をもてるまで、支援の手を差しのべる。
 刑務所再入所者のうち、無職者の割合は72・2%と高い数値データがある。今の司法制度ではできない部分を地域福祉で守っていこうという姿勢は評価に値する。全国的にみても先駆的な県の取り組みとなる。
 国連のSDGs(持続可能な開発目標)にある「だれひとり取り残さない包摂と寛容の社会」をつくっていくには、知恵を絞る工夫と仕組みがいる。奈良県産のスギ、ヒノキの活用と流通ルートには、まだまだ伸び代が期待できる。
 そう考えると、今年の東京五輪開催延期説が徐々に遠のくことを期待せずにはおれない。


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