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2021.1.4掲載  コラム「而今」
 小子が物心ついた頃には、田舎のわが家には牛小屋があり、常に1頭の雌牛が住みつづけていた。お腹がすいては「モオー」と一鳴き▼その声にひかれて、食料となる藁(わら)などの「飼い葉」を、食べやすく切り大きな木桶に入れてやったことも。大きな目を見開きながらモグモグと口を動かす▼春には田を耕すのに一役。水田の中に大きい図体を踏み入れ、もの静かに足を動かして少しずつ前へと進む。「よう働かんと、子供に笑われるで」と牛に言い聞かせている家人の声がする▼冬には種付けして出産した子牛「ベコ」を市場に送り出す日が年に一度訪れる。母との別れの時だ。小屋から出たベコを力の限り引っ張り、愛犬の助けを借りて輸送のトラックへ▼その間、小屋の中の母牛は一段と声を高めて泣き続ける。目の中は涙が充満しているよう光っていた▼今年は「辛丑(かのとうし)。前述のような光景は、さすがに今はない。それだけ愛おしく思える。我慢強かったわが家の牛に代わり、神社にある「臥牛(がぎゅう)」像の背中をなでてやりたい。(寺)
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