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2022.2.7掲載  社説「時々刻々」

理不尽な犯行に倒れた医師思う 情報共有し充分な安全確保を

論説委員 寺前伊平

 コロナ禍で医療現場がひっ迫する中、突如として侵入してくる犯罪に怒りを覚える。それも「どうせ死ぬのなら…」という独りよがりの考えで行動に走り、取り返しのつかない尊い命が奪われた。
 先月末、埼玉県ふじみ野市で訪問診療に来ていた医師が、自宅に立てこもった容疑者に散弾銃で撃たれて殺害された事件。容疑者は「母親の心臓マッサージをしてほしい。生き返るのではないか」と考えて医師を呼び出したのだが、医師から蘇生できないと伝えられると、いきなり医師に発砲した。
 病院に行くことができない患者の命を第一に、医師としての使命を果たすべく、訪問診療に出掛けたものの凶弾に倒れた。訪問診療は密室になり、暴言、暴力、刃物で脅されても、とっさの事態に逃れようがない。この事件を通し、在宅医療現場が抱えるリスクが浮き彫りになった。
 昨年12月には、大阪市北区の雑居ビルのクリニックで25人が犠牲になった放火殺人事件とも共通しているのは、「死ぬときぐらい注目されたい」という、スマートフォンの検索記録に残されていた容疑者の文言である。
 事件に巻き込まれたクリニックの院長は、患者が深夜に転院する時も当直の医師に任せきりにせず、救急車が来るまで面倒をみるなど、気配りのできる医師だったという。埼玉の医師も、患者には笑顔を絶やさず訪問診療に多忙を極めていた。
 この2件の事件で犠牲になった医師の年齢は埼玉が44歳、大阪が49歳だった。これからの日本の医師界を背負って立つ名医であったに違いない。何とも理不尽だ。それだけに関係者の無念は耐え難いだろう。
 ところで、昨年1年間の奈良県内の刑法犯認知状況(暫定値)によれば、認知件数は5150件だった。そのうち、3分の2を占めたのが窃盗犯の3394件。犯罪全体では前年より624件減少した。幸いにも、異常を極める殺人などの重大事犯は無かった。
 とはいうものの、無施錠の扉や窓から侵入されて、窃盗の被害を受けたのが約6割に及んでいる。「居直り強盗」に出くわすことを考えると、相手は刃物などの凶器を持っている場合が多い。ほんの一握りではあるが、人の命を顧みない身勝手な行動に、いつなんどき出会うかもしれないことを肝に銘じておきたい。

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