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2021.3.1掲載  社説「時々刻々」

シカ殺害事件に怒り 奈良の誇り「共生」認識を

論説委員 染谷和則

 県民にとって許しがたい事件が起こった。万葉の時代から「神の使い」として人と共生してきた天然記念物の奈良のシカを「腹が立ったから」との理由で斧(おの)を振りかざして殺害したとして、県警は文化財保護法違反の疑いで松阪市の23歳の男を逮捕した。10年ほど前にもボーガンの矢で奈良のシカを殺した事件があったが、県民として怒り心頭になる事件だ。
 県警への本紙の取材によると男は奈良に観光や遊びの目的で来県。シカに餌をやるなどして遊んでいたが、自身の車にシカが体当たりしたことで立腹したという。「殺してやろう」と、なぜ車に積んでいたのかは現段階で不明だが、自身の斧をシカの頭部に振り下ろした。ただ、殺されたシカは体当たりしたシカとは別の個体だという。今号の記事にあるように、県警は男の動機などを詳しく調べていくとしている。
 奈良県の誇らしいことの最たるは、1000年以上、神仏と自然と人が共存してきたこと。奈良公園や若草山でシカが食している芝は近年のDNA鑑定で、奈良固有の種であることが分かっている。シカと共生する長い時間の中、芝は独自の進化を遂げたと考えられている。この歴史の中で自然と育まれてきたさまざまな種の共生こそ、世界的に稀な奈良の魅力。唯一の世界観といっても過言ではなかろう。
 長い共生の歴史からすれば自動車など新参者。シカの交通事故も人が共生のバランスを崩しているもの。プラスチックやレジ袋の誤食も人が起こしている。これら悲しい事故を減らそうと、多くの県民の方々が知恵を絞り、注意を喚起している中、人の手で殺生は許しがたい。ふるさと奈良の先人が作り上げた文化そのものを冒とくされた。
 国連が掲げる2030年まで持続可能な開発目標「SDGs」の中の、15番目には「陸の豊かさも守ろう」とある。神仏と自然、そして人が共生し、長い年月を経てきたこの奈良は、SDGsの取り組みを誰に言われるでもなく、強制させられるでもなく、この枠組みを守ってきた。
 このような事件が二度と起こらないよう、守ってきた全国的に稀有な奈良の歴史をきちんと教育していく必要がある。特に奈良の外部に対し、われわれの宝物を理解していただく必要がある。 
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