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2021.2.15掲載  社説「時々刻々」

拡散する森発言の波紋 リーダーは言葉に分厚さを持て

論説委員 寺前伊平

  戦前から戦後の混乱期にかけての政治史の中で、骨太の政治家が多数いたことが思い出される。その一人、浜口雄幸(おさち)首相は昭和初めの不況の中で、軍部の利己的主張と真正面から対決、経済の安定を図ろうとした人物。
 緊縮財政を取り産業の合理化を説き、命をかけて軍備縮小を図って国際協調外交を取った。その時、国民に呼びかけた言葉がなんとも分かりやすく、それでいて分厚さを伴っていた。
 「皆さま、数年間は苦しいでしょうが、なんとか我慢してください。私たちの打ち出す政策が効果を上げれば、日本経済はアメリカ、イギリスに追いつき、将来の豊かな日本が約束されます」と。浜口首相は昭和5(1930)年11月、東京駅で右翼に撃たれ間もなくこの世を去ったのである。
 今、新型コロナウイルス感染症で、全ての国民が不安にさらされている。あまりにも、言葉に厚みを感じる政治家がいないのには残念でならない。それどころか、軽はずみな言動が目立つことに怒りさえ覚える。
 東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長の「女性の理事を増やしていく場合、発言時間はある程度規制しないとなかなか終わらないので困る」という発言が発端となり、女性に対する不適切発言を巡って波紋を広げている。五輪の理念である男女共同参画とは全く異なる内容で、どんな場であっても言ってはならない言葉である。
 森氏といえば、首相時代に「日本は天皇を中心とした神の国」「国体をどう守るのか」といった発言が物議をかもした。首相就任わずか1年、短命内閣で終わった背景には「神の国」発言など、国のリーダーとして感性を磨ききれていない側面をさらけ出した。
 今回の森氏による女性差別発言は、日本の国際的な信用を失墜させた。他国から「男女差別がある国なんだ」と言われても仕方がないだろう。一言で「古い体質」として片づけたくはないが、リーダーとしての言葉の無さが問われている。
 菅義偉首相は国民からの民意で選ばれた総理ではない。そのためか、国会での答弁などを聞いていても、「私たちのリーダーである」という存在感さえ感じられない。と言っても、質問に立つ野党の「紋切り型」批判もまた響いてこない。
 大政治家、浜口元首相は論語の一節、「義を見てせざるは勇無きなり」を信条とした。コロナ禍の中、総理禅譲を感じさせない言葉、具体的な発信力を菅首相に望みたい。
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