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2020.3.2掲載  社説「時々刻々」

洞泉寺町の遊郭跡4棟が取り壊し 貴重な史料を次世代に紡げぬ恥

論説委員 染谷 和則

 奈良県の三大遊郭跡地の一つ、大和郡山市洞泉寺町の旧遊郭4棟が6日に取り壊されることになった。細かな千本格子をはじめとする建築学的価値や、明治の当時を今に伝える史料として極めて貴重なもの。市が平成11(1999)年に買い取り管理している「町家物語館(旧川本邸)」の改修は約8000万円の費用が掛かったがそうだが、資金調達と知恵を絞り、これら4棟もなんとか残すことができなかったのか悔やまれる。
 本紙取材でも取り壊しを惜しむ声が多数聞かれた。建物を管理している浄慶寺の木上徹哉住職は「残したいという気持ちはあるが、以前の台風で瓦が落ちるなど老朽化が進んでいる。市から空き家の利活用としての話はあったが、補助金が出るわけでもなく、改修には莫大な費用が必要なため被害が出る前に取り壊すことを決めた」と語る。
 写真家の佐藤秀明氏が全国津々浦々の路地を撮影した作品に、作詞家の阿久悠氏の詩を添えた両氏の共著「路地の記憶」(小学館)で佐藤氏は「町のありがたさが心に染み入るのは冬だ」と記し、息吹を感じるような、懐かしくも寂し気な町の風景をシャッターに収めている。
 明治、大正、昭和、平成、令和と時代を歩み、すでに昭和を知らない現役世代が活躍している現代。「ちょっと前」と感じる昭和でさえもはや遠い過去になり、すべてがインターネット化している。 その最たるものが「ふるさと納税」。大和郡山市によると、寄附の使途の一つに「まちづくり」があるものの、担当者は「まちづくりについては現在、使い道について検討している状態」とコメント…。何年も前から洞泉寺町の4棟は取り壊しの話が出ていたが、どうやら使い道の一つとしてさえ、検討されなかったようだ。
 名刀「山鳥毛」を里帰りさせようと岡山県瀬戸内市が募った寄付金の総額は目標を大きく上回る約8億5000万円が集まり話題になった。刀のストーリーを明確化し、資金調達を実現した格好だ。 大和郡山市は時すでに遅し―。使い道を未だ検討しているらしい。やるべきこと、トライすべきことをすべてやった上での取り壊しでないことが残念でならない。貴重な史料を、今を生きる我々の世代が次代に紡げずに消し去ってしまうこと、刻んでおかねばならない。


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